初心者でも安心の着付け教室ガイド

初心者でも安心の着付け教室ガイド

無理なく通える着付け教室の上手な選び方

外出授業があるのはココ 気軽に学べる教室ベスト3 授業が充実しているのはココ 費用が安い教室はココ 評判がいい教室ベスト3 総合ランキングを発表
口コミで選ぶきもの着付け教室ランキング » 意外に知らない?きもののルールと着付けのコツ » 着物の歴史

着物の歴史

世界にはそれぞれに衣服の文化が育まれてきました。その中で、日本の伝統文化として古来より長く受け継がれ、育まれてきたのが「着物」です。

近年では洋服を着る方が一般的になってきましたが、着物、和装の優雅さや趣深さ、荘厳さ、重厚さには独特のものがあり、公の場やお祝いの場などでは、未だに和装を身につけることがよくあるでしょう。

日本の歴史の中で育まれてきた着物は、日本人の文化、そして四季のある風土に合った衣服と言えます。日本の生活や文化の中で息づいており、見た目の面でも、日本人が着るのに最も適していると言えるでしょう。

このページでは、日本の伝統文化「着物」の歴史や経緯などを紐解き、歴史の中での変遷を通じて、着物の魅力を伝えていきます。

「着物」という言葉について

「着物」の意味はこれは非常にシンプルで、「着る物」という意味で「着物」と呼ばれるようになりました。つまり日本人にとっての「着物」は、特別な日に着けるようなものではなく、現代人にとっての「洋服」のように、私たちの生活に非常に密着した衣服だったのです。

着物は日本語以外の言語でも「kimono」と言われ、そのままの言葉で意味が通じます。

着物の歴史

現代でいう「着物」は、平安時代(794~1192)の人々が着用していた、小振りな袖でちょうどの丈の衣服「小袖」がはじまりだと言われています。

こちらでは、着物の始まりとなる「小袖」に至るまで、そして小袖が生まれてからの着物の歴史について振り返ってみましょう。

縄文時代

単純な衣服自体は、縄文時代にはすでに用いられていたといわれています。衣服を着る理由は、暑さや寒さから体を守り、快適な状態を保つため。狩猟で手に入れた獣や魚の皮・羽毛や、木の皮などを身につけるというごくごく簡単なものでした。それでも、寒さや暑さを防ぐことができていたようです。

そして時代が流れるにつれ、人々は農業や畑仕事をするようになり、麻などの繊維が生まれたことで、それらを使用してつくる「織物」が生まれました。

弥生時代

この時代には、染料を使った衣服も作られるようになってきます。中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」によると、弥生時代の女性は「貫頭衣(かんとうい)」という大きい布の真ん中に穴をあけた衣服を着ていたと伝えられています。

また、男性は1枚の布を肩からかけて前で結び、もう一枚を腰に巻いて前で結ぶ「袈裟衣(けさい)」と言われるものを身につけていました。こうした衣服は、世界各国の歴史の中でも、似たようなものが生まれています。また、身分の高い人は、この時代から「絹」で織られた衣服を着ていたようです。

絹は現代の着物の材料にもなっていますが、この時代には蚕(カイコ)ではなく、天蚕(山繭ともいう。蛾の一種)から作られた絹が一般的でした。淡いグリーンと豊かな光沢が特徴の山繭の絹は、現代でも非常に高価な値が付く一級品。あまり量が取れないものの、美しい光沢をもつ天蚕の絹糸は、着物やショールの一部に使われることもあります。

古墳時代

古墳時代には海外との交流も徐々に盛んになってきており、異国からの影響を受けた衣服も登場してきました。女性であれば、中国の模倣と思われる「筒袖(つつそで)」の打ちあわせした上衣、韓国のチマチョゴリに似た衣裳(きぬも)といったものを身につけており、男性は筒袖の打ちあわせした上衣に、ズボン状のものを膝あたりで縛った衣褌(きぬばかま)と呼ばれる衣服を着用していたと言われています。

飛鳥・奈良時代

飛鳥・奈良時代には「遣隋使(けんずいし)」や「遣唐使(けんとうし)」などによる海外交流が盛んとなり、特に中国の文化を取り入れたものが生まれていきました。飛鳥時代になると、聖徳太子が制定した「冠位十二階」によって官吏の位階が十二階に分けられ、位によって冠と衣服の色が定められました。

また奈良時代には「礼服(らいふく)」「朝服(ちょうふく)」「制服(せいふく)」と、位によって服装を三分類する「三公服」が制定されました。これによって、衣服による差別化が図られていったのです。

当時では、コート状の「袍(ほう)」と言われるものが支配者階級の服装として用いられていました。また、奈良時代から衣服の「合わせ」が、現在の「右前」の打ち合わせに改められたようです。

平安時代

平安時代には遣唐使が廃止されたことで、中国文化の影響を受けない日本独自の衣服文化が発達していきました。それが今日に至る「着物」の原型となっています。

平安時代の公家は、男性は朝服から「束帯(そくたい)」へ、女性は「唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく)」「女房装束(にょうぼうしょうぞく)」といった晴装束(はれしょうぞく)と呼ばれる衣服を着用していたようです。

また、この時代には前述の「小袖」の他に袖口の下を縫わない「大袖(おおそで)」も生まれています。これは現在の長襦袢などに用いられる袖の形の一種で、今日では「広袖(ひろそで)」という和服用語で呼ばれています。そして、有名な「十二単(じゅうにひとえ)」なども、この時代から着用されるようになりました。

鎌倉・室町時代

鎌倉・室町時代は、武家が実力を伸ばした時代です。この時代の武家の服装は「直垂(ひたたれ)」と呼ばれるもの、女性は「衣袴(きぬばかま)」と呼ばれる衣類を身につけていました。

特に武家に関しては、戦いの場で着ることを想定した、実用的な衣類が増えていったようです。

また、小袖の衣服も発展していき、室町時代の末期には、現在の着物の原型が完成したと言われています。庶民も仕事以外では袂付きの小袖を着たと言われており、公家を除くほとんどの人が日常的に小袖を着るようになっていたとか。このときから、袖のついた衣服を「着物」と呼ぶようになってきました。

このころには天蚕(山繭)の絹に代わって、蚕から取れる絹が中国や韓国から持ち込まれてきました。また、綿もこの時から大量に輸入されるようになり、庶民の着物のレパートリーも増加。麻や植物繊維だけでなく、綿を用いた着物も一般に広まっていきました。

安土・桃山時代

戦国時代を経て訪れた安土・桃山時代には、華やかな美術工芸品などに代表される桃山文化が育まれました。この時代は染織技術が飛躍的に進歩しており、それは当時の衣服からも見て取れます。華やかな染め物が多くなり、衣類も非常に豪華になっていきました。

当時の男性は、前時代に生まれた「肩衣袴(かたぎぬばかま)」を主に身につけており、女性は「打掛姿(うちかけすがた)」「腰巻姿(こしまきすがた)」といった衣類を身につけていたようです。また、「名護屋帯(なごやおび)」と呼ばれる衣服も、庶民の間で流行していたようです。

江戸時代

徳川幕府が治めた江戸時代は、鎖国や厳しい封建社会の反面、庶民の文化が大きく発展し、華やかになっていった時代でもあります。元禄期(1688~1703)には「元禄文様(げんろくもんよう)」と呼ばれる華やかな小袖などが生まれており、この頃に現代まで続く小袖が完成したそうです。また、江戸時代の後期には、帯締め、帯揚げを用いた「お太鼓結び」という結び方もされるようになっていきました。

また、大名の制服と言える「裃(かみしも)」が誕生し、奥の院などと呼ばれる女性の世界では、身分や階層の違いによってそれぞれの美意識や好みを着物に反映する文化が生まれています。

そして女性の着物は江戸時代中期ごろから丈が長くなっていき、帯の下でしごき帯と言うもう一つの帯を使って着物をたくし上げて着るという、新たな文化が生まれるようになりました。

明治時代〜

明治時代は、開国によって西洋の文化が一気に入ってきたため、庶民の衣服文化に大きな変化が生じた時代となっています。今でいう「洋服」が入ってきたことで、人々の生活様式は大きく変わりました。

一方で和服文化もしっかりと残っていき、和洋折衷、独特の衣服文化が育まれた時代と言えます。当時の礼服は、男性は「黒羽二重五つ紋付羽織袴(くろはぶたえいつつもんつきはおりはかま)」、女性はは黒や色無地の「縮緬五つ紋付裾模様下襲(ちりめんいつつもんつきすそもようしたがさね)」に丸帯(まるおび)の組み合わせとなっていました。

現代

現代では、日常的に着物を着る機会というのは、非常に少なくなっています。一般的には「晴れ着」として用いられることが多く、着物を着用する機会と言えば、結婚式などのお祝いの場、お正月、成人式、七五三などの伝統行事、あるいは公の式典に限られるようになってきた人が大半だと言えるでしょう。

ただ、今でも着物は人々の生活の中で必要なものとして親しまれており、多くの人が今でも着物を愛用しているのも、また事実です。

着物の歴史は日本の歴史

このように、着物は何千年にもわたる日本の歴史の中で、さまざまな文化や時代の移り変わりの影響を受けながら、人々の間で受け継がれてきたものです。ある意味で、日本の歴史を象徴するものの一つだと読んでも、過言ではないかもしれません。いわば現代の私たちは、着物を身につけることによって、日本の歴史を身につけている、と言ってもいいのではないでしょうか。

着物を着用する際は、単に着物の見栄えのみを見るのではなく、こうした歴史も知っていくことで、より深く着物を楽しむことにつながるはず。ただ、このような歴史を自分で勉強していくとなると、時間も労力もかかっていきます。それに、ここで紹介している内容は、着物の歴史の中で言えばほんの一部にすぎません。日本の全国各地にある着付け教室では、着物の成り立ちや歴史を詳しく教えてくれるところもたくさんあります。着付け教室に通う際は、そうした歴史を積極的に学んでいくこともおすすめします。それにより、さらに正しく、そして優雅に、着物を着ることができるようになるでしょう。引いてはそれが、着物をより楽しむことにもつながっていくはずです。歴史の重みを感じながら着物を着れば、背筋も伸び、より立ち居振る舞いが美しくなりそうですね。

 
▲ ページの先頭へ
初心者でも安心の着付け教室ガイド